2019年家族元年



夫です。
今年も今日で最後です。2019年はみなさんにとってどんな年でしたか?

最後の投稿から何ヶ月も経ってしまいました。2019年は私たち夫婦にとって大きな変化の年でした。第一子が生まれ、引っ越しをして、新しい生活に慣れるのにだいぶ時間がかかりました。夫婦のとき以上に個人の時間は減りました。しかしその分、家族の時間が増えました。それがまた独身のときとも夫婦だけのときともちがった色味を生活に与えてくれていて、その家族の色合いを楽しむ日々です。

今日は子どもができて最初の投稿ということで、家族について書きたいと思います。

5月に私たち夫婦に男の子が生まれました。新生児のときは本当に「一瞬」というレベルでつねに目を向けて、壊れないように扱いながら、呼吸をしているのか確かめながら、新しい父と母として、妻と奮闘しました。やがてアメリカ人の友人の協力も得ながらはじめたスリープ・トレーニングが成功して1日11時間寝るようになり、不機嫌になることも少なく、いつも笑っている元気な赤ちゃんになりました。まだハイハイはできないけれど重い頭でうまくバランスをとって座れるようになり、おもちゃ箱をあさってひとりでよく遊んでいます。

親になって7ヶ月が経ちました。最初は家族になることについてなにもわからず、夫婦でぶつかることもありました。しかしそのたびに座って話し合い、解決策をみつけていきました。子育ては、親になるというプロセスを通して、より深い関係の夫婦になる素晴らしい機会だと思います。自分のわがままな面があぶり出され、幾度となく自分が「こうであれば相手にやさしくなれるのに」と思わされました。

クリスチャンとして、私たちは神さまから引き離された、神に背く罪深い人間だと認識しています。それはつまり、赤ちゃんに自分の世話や注意を激しく求められ、自分の時間が奪われ、余裕がなくなるとき、いら立ち、ストレスを感じる人間だと理解しているということです。私たち人間はそれほどまでにだれかになにかをただ与えつづけることを拒絶します。自分の時間や自分らしさといったものをどうしようもなく大切にします。自分には意見や主張を表す権利があると信じ、感情的になり、頑張っている自分を妻あるいは夫が理解してくれないことを責め、傷つけます。

もちろん、そんな人間であることが「ダメだ」ということではありません。私たちはだれもが不完全で、失敗できている生き物です。大切なのは自分の弱さを守らず、隠さず、認めることです。私たち夫婦は上に書いたように怒りやストレスに襲われたとき、自分の限界を認め、自分が罪人であって神の助けの必要性がある人間であることを告白することで、お互いに助け合う余裕を持つことができました。

私たちはだれもがパートナーに対してなにをすべきなのかをよく知っています。結婚をした夫婦は、まず第一に愛し合うことをしなければなりません。それは自分の意見や主張を表す権利や自分の感情といったものより先に来るべきものです。そういったものを伝えるのは、まずはお互いに素直になり、弱さを認め合い、愛し合うことのあとにくるものです。

私たちを縛る罪という呪縛は、こんなふうに、だれもがなにをすべきかわかっているにもかかわらず、人間のわがままな面を驚くほど誇張して、人間関係がうまくいかないように悪巧みを働かせています。そして私たちが相手を責める一方で自分が悪いと思わないとき、私たちの内にある神に背く罪はけらけらと笑って喜んでいるのです。

神さまは愛です。愛に満ちたやさしさ(恵み)で、私たちのことをどんなときも助けようとしています。そしてその愛の究極の表現が、イエス・キリストというすべての人の救い主です。イエスさまは十字架の上で私たちの罪を取り除くために死なれるという偉業によって、私たちに神の愛はなにかということがわかるようにしてくださいました。

私たちは、私たちに対する
神の愛を知り、また信じています。

神は愛です。

愛のうちにいる者は神のうちにおり、
神もその人のうちにおられます。

(ヨハネの手紙第一4:16)

もちろん私たちの人生はこの罪が支配している世界で起こっているので、簡単に実行できるものではありません。頭で理解できたとしても、心でそのとおりに納得して行動できるほど人間の奥深くに根づいている神への背きの罪はもろくありません。しかし自分が何者であるかを聖書を通して理解し、イエス・キリストの十字架によって神の力が罪を打ち破ったことを信じ、神の力にゆだねてパートナーを愛する決心するなら、時間をかけて夫婦のあいだで罪がけらけらと笑う機会は少なくなっていきます。

私たち夫婦にとって、過去7ヶ月はそのような期間でした。もちろんいまはもう完全に大丈夫というわけではありません。これから何度も同じような怒りとストレスの誘惑はやってきて、そのたびに私たちは神さまがいることを自分の心に思い出させなければなりません。しかし私たち夫婦の人生にとってはじめて子どもができたこの最初の7ヶ月は、とくに大きなチャレンジでした。

ぶつかり合うことがあり、そのたび素直になって相手を愛する機会を与えられました。機会が与えられるたびに、私たちは神さまの力によって、相手を愛する選択を取ってきました。それができたのも、罪に支配されている私たちを神さまがあわれみ、愛にあふれたやさしさ(恵み)を与えてくださり、罪を選ぶのではなく愛を選ぶように助けてくださったからです。

しかし、主(神)は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。
というのは、わたし(神)の力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」
と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、
むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
(コリント人への手紙第二12:9)

よいお年を!

コメント