新しいライフスタイルとしてのクリスチャニティ③


夫です。

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さて、今回は「新しいライフスタイルとしてのクリスチャニティ」の第三回です。今日は「祈り」について書きたいと思います。


祈りって?

みなさんは「祈り」と聞いてどんなことを思い浮かべますか?年が明けて初詣に行って、神社で今年の一年のことを祈られた方もいると思います。無病息災、学業成就、交通安全などなど、いろんな「祈り」があります。なかには、自分にはどうしようもないことがあるときは、頻繁になにか大きな力を信じて祈る習慣のある人もいると思います。

2011年の東日本大震災のときには、海外から多くの人がPray for Japanと言って祈ってくれましたよね。実際的な救助や援助はできないけど、心はそばにあるという思いを伝えてくれました。

「祈り」はそもそも、不自然な行為ではありませんし、宗教的な行為でもありません。私たちか弱い人間がすがる、ごく自然な行為です。

しかし現代で生きる私たちは「祈り」をしなくなりました。なぜでしょうか?なぜなら、そういったものに頼らなくても自分の力でできることが多くなったからです。

医療が発達したので原因不明の疫病に恐怖を抱くことはなくなりました。自然災害も耐震設計やダムや堤防といった事前対策をしていれば、恐れる必要のないものになりました。お金を払えば良い教育を受けられるようにもなりました。

こうして人は「祈り」に頼らなくても生きていけるようになりました。反対に、「祈り」に頼ることは非現実的で、心の弱い人間がすがるものだという印象がつくようになりました。


私たちが知っていること

私たちの力は本当にそれほどすごいのでしょうか?たしかに科学やテクノロジーの発達によって、私たちはたくさんのことを知ることができるようになりました。それでも、私たちにわかっているのはほんの少しでしかありません。

宇宙はどうやってできたんでしょうか?私たち人間はどうやって誕生したんでしょうか?奇跡はなぜ起こるんでしょうか?人間の脳はどんな構造をしているんでしょうか?

世界には解明できていない謎がたくさんあります。それにもかかわらず、私たちは目先のことがだいたいわかるようになり、生活が安全で保証され便利になると、自分の知らないことには目を向けなくなりました。

私たちはきちんと調べもしないで、推測で生きています。

あなたは、自分は深刻な病気にかかるはずはないと推測して生きていませんか?自分の街は大地震の津波で襲われるはずはないと推測して生きていませんか?努力は必ず報われると推測して生きていませんか?良い大学を出て良い就職ができれば、良い人生が手に入ると推測して生きていませんか?道を歩いていて車が突っ込んでくるはずはないと推測して生きていませんか?

だれがあなたの推測は信じるに値すると教えたんでしょうか?あなた自身ではないでしょうか?


あなたが知っていることだけで、あなたの人生はできているかもしれません。ですがあなたの知ることのできないところに、あなたの推測を簡単に壊す超自然的な力があることを忘れるべきではありません。


クリスチャンの「祈り」

クリスチャンはこの世界が自分たちの知っていることだけでできていると信じていません。この世は宇宙も地球も私たちもすべて、神さまが造りました。その神がクリスマスにイエス・キリストとしてこの地球に生まれたと、クリスチャンは信じています。

神さまがすべてを支配しています。深刻な病気にかかるのも病気が治るのも、地震が起こるのも起こらないのも、私たちが良い人生を歩めるかどうかも、すべて神さま次第です。なのでクリスチャンはイエスの御名によってこの神さまに祈ります。

「祈り」はクリスチャンにとって日常的な行為です。クリスチャンは私たち人間はか弱い存在であることを認めます。すべてを支配される神さまに願いを託します。それが、クリスチャンのライフスタイルです。

祈りは具体的に四つに分かれます。

①感謝
いま恵みによって生かされていること、新しい一日が与えられていることに感謝します。
日々の生活のすべては与えられたものです。不平や不満があるときは、私たちの心が神さまに与えられたものに対する感謝で満たされていない証拠です。

②悔い改め
クリスチャンは感謝に不感症になっている自分の心を悔い改めます。私たちは神さまとの関係が失われているために、自分の欲しいものを手に入れることで心の隙間を埋めようとします。ですがイエスを通して取り戻された神さまとの関係を楽しむことが人生の目的であり、最上の幸福であると信じる心を持つようになると、心の隙間を埋める必要がなくなります。

③お願い
神さまとの関係を取り戻すことは、自分の力ではできません。さらに、神さまとの関係はイエスがすでに取り戻してくださっています。私たちがすべきことはイエス・キリストを信じることだけです。しかし、私たちの心はあまりにも頑ななため、それができません。なので神さまに信じる心を与えてくださるようにお願いをします。

④礼拝
人生の目的であり、生きる喜びであり、私たちを造られた御方である神さまを純粋に崇めます。


この「祈り」のライフスタイルを実践しているクリスチャンには、恐れや不安、悩みがありません。世界は自分ではなくこの世を造られた神・イエスを中心にして回っており、すべてが希望であふれていることを知ります。

みなさんは推測で生きることに不安や疲れはありませんか?
聖書に真実を求めて、私たちといっしょに新しいライフスタイルをはじめませんか?

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイの福音書11:28)

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