新しいライフスタイルとしてのクリスチャニティ④



神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」(創世記2:18)



夫です。


今日は「新しいライフスタイルとしてのクリスチャニティ」シリーズの最終回です。今回は「教会」について書きます。


みなさんは「教会」と聞いてどんなことを想像しますか?

厳かで強面の牧師が説教をしている…
キリスト教徒しか立ち入れない聖域…
ゴスペルには興味あるけど勧誘されそう…

といったネガティブなイメージがあれば、今日はそういった偏見がなくせる記事を書きたいと思います!


「教会」とは

西洋社会では一般的なコミュニティとして存在する「教会」。本来はどういった目的を持っているんでしょうか?

まず、よく誤解される点は「教会」とは建物を指しているのではなく、イエス・キリストを信じる人たちの集まりのことを指します。なので聖書によれば、場所がどこであれクリスチャンが集まれば「教会」と呼ぶことができます。しかし一般的にはよく、機能的な教会として「説教」「賛美」「洗礼」などの側面を持っている教会のことを「教会」と呼ばれます。

教会の目的はなんでしょうか?イエス・キリストを神の子として、人生で付き随うべき主として信じる人々が集まって、イエス・キリストを崇めることです。クリスチャンは、私たちをふくめこの世のすべてを造られた三位一体の神を信じています。私たちは生かされている存在として神さまに感謝し、罪を悔い改め、お願いをし、そして礼拝をします。

聖書の一番最初の書である「創世記」の二章には、「人がひとりでいるのは良くない」と書かれています。神さまが「良くない」という言葉を用いられるとき、それは「本来あるべきものとして機能していない」という意味を持ちます。つまり、これは私たちはひとりでは生きていけない存在として造られたことを意味しています。そのため、私たちはだれもがコミュニティを必要としています。

そのためコミュニティがないとき、私たちは心に穴がぽっかりと空いているように感じます。「だれかといっしょにいたい」「自分の居場所となるどこかに属していたい」と感じることは、弱い人が感じることではなく、すべての人が感じる当たり前のことです。

教会は私たちのアイデンティティの根源となっている主イエス・キリストを中心にし、共に助け合い、罪を告白し合い、愛し合い、そしてお互いに仕え合う場所です。

教会でしていること

はじめて教会に来る人は、僕たち夫婦が通っている教会に来るとだいたい「イメージが変わった!」と言ってくれます。「教会」と言えば日本では戦後を中心に開拓された伝統的な教会が一般的なので、現代的な教会に“カルチャーショック”を受けるのかもしれませんね。笑

教会に来ると、まずは「賛美」がはじまります。


「賛美」とは、歌を通してこの世を造られ、私たちを造られた神、神の子イエスを崇めることです。「ゴスペル(・ミュージック)」という名称が日本では有名ですが、あれは黒人の人たちが歌っている歌のことではなく、神を崇めるための歌の総称です。曲調はなんでもよく、歌詞が神への賛美であればゴスペル・ミュージックです。

ちなみにアメリカの現代的な教会のゴスペル・ミュージックはこんな感じです。私たちのいまの時代の生き方に合わせてゴスペル・ミュージックも変化していっています。


賛美歌を歌ったあとは牧師からの「説教」があります。説教とは、聖書の御言葉から私たちのアイデンティティや生き方をふり返り、この世を造られ、私たちを造られた神、神の子イエスを思い出すためにあります。

私たちはどれほど大きな「神様への背きの罪」を抱えているかを何度も忘れてしまいます。私たちはつねに生かされており、神がいなければひとときも生きていることができていません。その神への感謝を思い出し、罪を悔い改め、イエスの信仰に根ざして生きていけるようにお願いをし、純粋に神を崇めます。

そのためクリスチャンは毎週日曜日に教会に行くことをとても大切にしています。単に楽しいコミュニティというわけではないんですね。自分自身のアイデンティティを思い出し、すべての人を愛し、仕えるようになるために、クリスチャンは日曜日の教会の存在をとても大切にしています。

説教の様子です。僕たち夫婦が通っている教会では、英語と日本語のバイリンガルで説教をしています。


説教のあとに礼拝が終わると、「カフェ・タイム」があります。ここでみんなとおしゃべりしたり、生活で困っていることを話し合ったり、祈り合ったりします。単なる表面的なコミュニティではなく、深く関わり合い、助け合うためのコミュニティです。

はじめてでも安心してください。入口でグリーターがあなたをあたたかく迎え入れてくれます。

子どもをお持ちの家族は、「キッズクラス」に子どもを預けることができます。

音響をするのはボランティアのクリスチャンの人たちです。

いかがだったでしょうか?


クリスチャンは聖書の神が唯一真実で、すべての人のための神だと信じています。そのためクリスチャンでない人が入れないといった決まりは一切ありません。

うわべや偽りの多い社会で、いまのコミュニティに疲れてしまっている方や自分の居場所がないと感じる方はぜひ一度教会に遊びに来てください。私たちクリスチャンは聖書に基づいてすべての人を愛しているので、あなたを大歓迎します。


一週間働いて、週末に教会で仲間に会ってリフレッシュする。そしてまた次の日から神さまを信じて暮らしていく。そんな新しいライフスタイルを体験してみませんか?



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