クリスチャンにとってのクリスマス


どうも、夫です。


もうすぐクリスマスですね!みなさんにとってクリスマスはどういった日でしょうか?家族と静かに過ごす一日?友達とワイワイする日?それとも恋人とロマンチックになれる日でしょうか?

今日はクリスチャンである僕たち夫婦がどのようにクリスマスを考えているか、ご紹介したいと思います。


日本のクリスマス

日本では一般的に「クリスマス」と聞いて思い浮かぶのは「サンタ・クロース」「クリスマス・プレゼント」「ロマンチックな夜」「ケンタッキー・フライドチキン」といったものでしょうか。僕は小さい頃、サンタをそれほど信じていませんでしたが、25日の朝に目を覚ましたときに枕元にプレゼントが置いてあったのを覚えています。

小学校の高学年くらいになると、友達に「サンタなんかおれへんしー!」とサンタの存在を全否定されましたが、とくになんの感慨もなくサンタが非現実的存在であることはすんなりと受け入れました。

僕も妻もクリスチャンの家庭で育ったわけではないので、近年まで本当の意味も知らずクリスマスを過ごしていました。みなさんにとってはクリスマスはどういった日でしょうか?なぜ日本人の人たちがクリスマスを祝うかご存知ですか?詳しくは知りませんが、おそらく日本企業による商業戦略などによって広まったのだと思います。


クリスマスの語源

僕は2012年に、妻は2014年に洗礼を受けてクリスチャンになりました。それから聖書のことを学ぶようになり、少しずつクリスマスの真実を知るようになりました。

クリスマスを英語で表記するとChristmasですよね。これは"Christ"と"mas"の二つの語が合わさった言葉で、"Christ"は「キリスト」、つまりイエス・キリストを意味し、"mas"は「礼拝」を意味します。つまり、クリスマスはもともとイエス・キリストが生まれたことを礼拝する、崇めるためにはじまったお祭りです。

知っている人も多いと思いますが、イエス・キリストは本当に12月25日に生まれたのではない可能性が高いです。イエスは馬小屋で生まれたので冬に生まれたら寒すぎて凍死していたはずだとか、ローマ帝国で冬に行なわれていたお祭りと合わさって現在の日付になったとか、いろいろ諸説はありますが、とりあえずクリスチャンは「イエス・キリストがこの世にお生まれになられた聖なる日」としてクリスマスをお祝いします。

なのでクリスチャンとなったいま、僕たちは日本のクリスマスを見て「イエス・キリストがいない」ことに少し違和感を覚えます。


イエス・キリスト

さて、クリスマスはイエス・キリストが生まれたことをお祝いする日ということですが、なぜイエスはこれほどまでに知られている存在なのでしょうか?現在、西暦2017年ですよね。この2017年という数字は、イエスが誕生した年を0年と定めています。私たちが普通に暮らしている中にも、この人物の影響は少なからずあるわけです。

イエス・キリストは歴史上実際に存在した人物ですが、彼はなにをしたんでしょうか?みなさんご存知ですか?

イエス・キリストは歴史のある瞬間にぱっと出てきた人物ではありません。ユダヤ教の聖典である旧約聖書にずっと、やがてこの世に救世主が来られると、何千年とかけて預言され、やっと登場した人物です。

旧約聖書にはこの世界、宇宙の起源についても書いてあります。現代に生きる私たちにとって突拍子もないことが書いてあると思いがちですが、少し詳しく見ていくといま私たちが信じている科学と矛盾するところはないことに気づきます。結局は科学もこの世界や宇宙を創造した神によって造られたものですので、詳しく見ていくとむしろ科学や人間の把握能力のほうに誤りや限界があるのを実感します。

イエス・キリストはこの世界と宇宙のはじまりの前から、神として永遠に存在されている御方です。

その方が神の子としてクリスマスにお生まれになったと聞いて、どう思いますか?ちょっと信じがたいですよね(笑)ですが、もう少し進んでみてください。

イエス・キリストは生まれてのち、30歳になって伝道をはじめました。みずからを神の子と主張し、「喜びをもって私に従い、隣人を愛しなさい」と言いました。ここまで聞くと、日本にもときどきいるような新興宗教の宗祖みたいに思えますよね。ですが彼が抜本的にほかと異なり、彼が神であることを証明するひとつの歴史的出来事があります。それがイエス・キリストの十字架刑です。

伝道から三年後、イエス・キリストは、自分は旧約聖書の神だと主張しているのに耐えられない発狂したユダヤ人たちに捕まえられて、十字架刑に掛けられました。なにも殺されるまでして自分は神だと言い張る必要はないと思いませんか?ですがイエスは最期まで自分は神であり、三日後によみがえると言いつづけたのです。

実際に三日後によみがえったかどうかは私たちにはわかりません。ですがイエスは三日後によみがえり、40日間人々の前に現れたということは聖書の記述に残されています。その後イエスは天に昇り、いまも神として生きておられます。


信仰の問題

なぜイエス・キリストは殺される必要があったんでしょうか?それを説明するとこのブログを書き終えることはできません。ですが簡潔にまとめるとこうです。

イエス・キリストをこの世を造られた神の子と信じることで、あなたが救われるため。

「救われる」という意味も簡単な言葉ではありません。人間には自分自身の中にあるに対する自覚症状がありません。そのため悪から切り離されて、救われたいという気持ちがありません。ですが旧約聖書には地上が造られたばかりのときに、アダムとエバが神に背いたために神との関係を失い、人間は恒久的に悪を背負うようになったことが書かれています。

人間には根源的に悪があるので、人生の問題に対して根本的に解決することができません。人間関係や家族とのきずな、友達との関わり合いに問題が生じるのは、人間一人ひとりにが根づいているからです。人間ができるのは力でねじ伏せるか、妥協、問題に目を向けないといった対処法くらいです。そこにはつねに悪が残ります。

この世を造られた神はその根本的な問題を解決するために、イエス・キリストを神の子として、そしてまた神との関係をもう一度取り戻させる仲介者として、この世に送られました。

「救われる」とは、神との関係をもう一度取り戻し、悔い改め、赦され、人生の真の満たしを得ることです。その満たしを得たクリスチャンはこの世を造られた神の御言葉である聖書に喜んで従い、自分の罪を日々悔い改め、さらにまわりの人たちにこのイエスによって修復された神との関係の素晴らしさを言い広める使命を持っています。


ここまで読んでみてどうでしょうか?あなたは自分にがあると思いますか?神さまは本当にいると思いますか?

私たち日本人には遠い話のように聞こえますよね…。ですが私たちの頭で理解できるほど、この世を造られた神の存在は小さくありません。最初はユダヤ人たちから出てきたイエス・キリストですが、真理なので現在では国を超え、民族を超え、世界中の多くの人たちがイエス・キリストを救世主として信じています。もちろん、私たち日本人も知るべき真理です。

「突飛もなくて信じれない」と思う人もいると思います。ですがこのすべては結局、信仰の問題です。

もしあなたが神という存在を少しでも信じているなら、その神さまがあなたを愛して、どうにか自分のことを気づいてほしいと思っていると想像してみてください。

その神がイエス・キリストをこの世に送られたこと。イエスが私たちの神への背きの罪ゆえに十字架にかけられ、死んだこと。三日後によみがえったこと。いまも神が共にいてくださること。聖書が神の御言葉だということ。それに喜びをもって従うことで、救いが達成されること。

これらすべては信仰の問題です。これらを信じることで、私たちは人生の真の目的をみつけることができ、真の喜びと満たしを得ることができます。私たちの人生の残りの部分、家族や仕事、人間関係、お金、娯楽、夢といったものすべては、この世を造られ、私たちをも造られた神を信じることではじめて、あるべきかたちとして享受できるようになります。


クリスマスを祝う

話が長くなりましたが、クリスチャンはこの救い主であるイエス・キリストがお生まれになったことをお祝いするためにクリスマスを楽しみにしています。サンタでもプレゼントでもきれいな飾りでもなく、神がこの世にイエス・キリストを与えられた喜びが、私たちクリスチャンにとってなによりも大きな喜びです。

さて、今年はいつもと違う本物のクリスマスを教会で過ごしてみませんか?僕たちが通っている教会では、12月24日(日)の午後6時から、キャンドルライト礼拝をします。イエス・キリストがお生まれになった聖なる夜を、ぜひ一度味わいに来てください。イエスの喜びはすべての人にそそがれていますので、ぜひクリスチャンでない方も教会に遊びに来てください。

キャンドルライト礼拝の詳細はこちら


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